読了目安 8分(2026年9月 全面改訂)
「この見積もり、高いんですか?」。発注する側にいた12年間、社内で最も多く受けた質問です。正直に言うと、金額だけを見て高い・安いは判断できません。私は生命保険会社のIT企画部門で、業務の要件をまとめてIT業者に発注し、納品されたものを使う側にいました。その12年で毎回見ていたのは、金額ではなく次の3点でした。
1. 「何をしないか」が書いてあるか
良い見積もりには、必ず「含まれないもの」が書いてあります。データ移行は別、既存システムとの連携は別、操作説明は2回まで、など。これが書いていない見積もりは、安く見えても後から追加費用が出ます。逆に、書いてある業者は最初の金額が高く見えても、最終的な支払いは読めます。
なぜ「含まれないもの」が抜けるのか。業者が隠しているというより、頼む側が「何をしてほしいか」を決めきれていないことが多い。以前「IT業者に「丸投げ」して失敗する会社の共通点3つ」で書いたとおり、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の2025年の調査では、システム開発の工期が予定どおりにならなかった原因として「要件定義の難易度向上」を挙げた企業が51.0%、予算超過の原因でも49.4%でした(JUAS「企業IT動向調査2025」)。何を作るかが決まっていないと、見積もりの範囲も決まらない。範囲が決まらないと「含まれないもの」は書けない。
ですから、見積もりをもらったら、まず「これに含まれていないものは何ですか?」と聞いてください。この一言で、業者の誠実さと、こちらの要件の固まり具合の両方が分かります。答えが曖昧なら、業者の問題ではなく、こちらがまだ決めていない部分がある、と考えたほうが早いです。
私自身、この「含まれないもの」を書面にしなかったせいで、大きな損をしたことがあります。独立後のある案件で、月の作業時間の上限と、超えた場合の精算条件を契約に入れずに始めました。稼働が想定を大きく超えた月が続き、超えた分はそのまま無償になった。約170時間分です。「含まれないもの」は、頼む側だけでなく、請ける側にとっても命綱だと、身をもって知りました。
2. 月額費用が「5年分」で見て安いか
初期費用30万円・月額3万円と、初期費用100万円・月額5千円。どちらが安いでしょうか。3年で計算すると前者は138万円、後者は118万円です。5年なら210万円と130万円。「初期費用が安いほう」を選ぶと、5年で80万円高くつきます。
なぜ5年で見るのか。国税庁の耐用年数表で、ソフトウェア(複写して販売する原本や研究開発用を除く「その他のもの」)の耐用年数は5年と定められています(国税庁タックスアンサー No.5461「ソフトウエアの取得価額と耐用年数」)。税務上「5年使うもの」として扱われる以上、比較も5年の総額で揃えるのが筋です。同じページには、導入時の設定作業や自社仕様に合わせる修正作業の費用も取得価額に含める、とあります。初期費用に入っていない「設定料」「導入支援費」も、5年の総額に足してください。
見落としやすいのが、この「設定料」「導入支援費」です。見積もりの初期費用には「ソフト本体」だけが載っていて、初期設定や自社の帳票に合わせる修正、操作研修は「別途」となっていることがあります。国税庁のページが、これらを取得価額に含めると言っているのは、裏を返せば「ソフトはそれがないと使えない」と税務の側も見ているからです。5年の総額を出すときは、本体、月額×60か月、設定と研修、この3つを足してください。3つ目が見積もりに載っていなければ、それは1つ目の「含まれないもの」でもあります。
業者は初期費用を安く見せるのが得意です。月額に隠れた金額を、社長が自分の手で足し算する。それだけで判断が変わります。電卓で1分です。
3. 「やめるとき」にデータが返ってくるか
意外と見落とされるのがここです。クラウドのサービスや業者独自のシステムは、解約したときにデータがCSVやExcelで出せるかどうかで、次の業者に乗り換えられるかが決まります。出せない場合、その業者と一生付き合うか、データを捨てるかの二択になります。
これは私の持論というより、公正取引委員会が報告書で利用者に勧めていることです。2022年の「クラウドサービス分野の取引実態に関する報告書」は、利用者側の推奨される取組として、「契約締結前に、どのような条件を満たした場合に当該クラウドサービスの利用を停止し、退出すべきかを自社内で検討しておくこと」「契約を終了する場合に、クラウドサービス上に保存された利用者のデータを完全な形で取り出す方法が広く利用者一般に提供されているか確認すること」を挙げています(公正取引委員会「クラウドサービス分野の取引実態に関する報告書(概要)」P.14)。報告書はIaaS・PaaSという大手クラウドを対象にしたものですが、月額数万円の業務ソフトでも、入ってからやめにくくなる構造は同じです。
契約前に「解約時にデータは全部もらえますか?形式は?」と聞いてください。答えが曖昧なら、その見積もりは金額に関係なく高いと考えていいです。契約書のどこを見ればいいかは、「業者との契約書、社長が最低限見るべき3か所」に書きました。
この夏、自分が発注する側になって分かったこと
この記事を最初に書いたのと同じ時期に、私の事務所のホームページを全面的に作り直しました。今度は、コンサルタントとしてではなく、一人の発注者として。そこで上の3つが、自分にも同じように効くことを確かめました。
「含まれないもの」については、問い合わせフォームを新しくするかどうかで迷い、結局、以前から使っていたMicrosoftのフォームをそのまま残しました。画面に英語の注意書きが残る、という見た目の欠点はありますが、フォームの目的は申し込みを受け取ることで、見栄えではない。「含まれないもの」を自分で決めたことで、そこに費用も時間もかけずに済みました。
「やめるとき」については、古いページを削除せず非公開にして、古いURLから新しいページへ転送する設定を入れました。作り直しのたびにデータや過去の資産が消える構造にしない、というのは、自社サイトでも同じ話です。
そして一つ、失敗もしました。公開したページの本文に「ここに文章が入ります」という仮の文字が2か所残ったまま公開してしまい、2回やり直した。見積もりの3点を押さえても、最後に自分の目で確認する作業は残る。これも発注側の仕事です。
金額を見る前に、この3つを聞く
- 含まれていないものは何か
- 5年の総額はいくらか(設定料・導入支援費を含めて)
- 解約時にデータは返るか、どの形式で
この3つを聞くだけで、社長は「言われるがまま」の側から「選ぶ側」に変わります。業者もそれを感じ取り、対応が変わります。3つとも、聞くのに専門知識は要りません。聞かないことのほうが、ずっと高くつきます。
