社長がいないと回らない会社をやめる、最初の1手

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「私がいないと会社が回らない」。社長がこう言うとき、半分は愚痴で、半分は誇りです。両方とも本音だと思います。ただ、この状態を変えようとして「権限を渡す」ことから始めると、たいてい失敗します。この記事では、なぜ権限委譲から始めると失敗するのか、代わりに何から始めるべきかを書きます。

国は「一人経営の限界」と言うが、重視する社長は1割もいない

2025年版の中小企業白書は、売上高10億円未満の企業について、こう書いています。「経営者にないスキルを補完する専門人材の確保と、経営者に集中しがちな職務権限の委譲が必要で、経営者一人の経営体制の限界の克服が課題」(中小企業庁調査室「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」P.30)。

ところが同じ資料の数字を見ると、企業規模の拡大に重要な戦略として「経営者の兼務解消・権限委譲」を挙げた売上10億円未満の企業は、9.3%しかありません(帝国データバンク調査、n=12,784)。国は「一人経営が限界だ」と言い、規模を大きくする手段としてそれを挙げる社長は1割にも満たない。このずれが、この話の出発点です。

私は、社長の側にも理がある、と思っています。「権限を渡せ」と言われても、渡した先で判断を間違えられたら会社が傾く。それが分かっているから渡せない。渡せないのは社長の性格の問題ではなく、渡せる状態になっていないだけです。

権限委譲から始めると、なぜ失敗するのか

権限とは「決めていい」という許可です。ところが、決めるには材料が要ります。今月の資金がいくらあるか、この取引先の支払いは遅れがちか、この見積の原価はいくらか。こういう材料は、社員10人の会社ではほぼすべて社長の頭の中にあります。

その状態で「この範囲はあなたが決めていい」と権限だけ渡すと、何が起きるか。社員は決めようとして、材料がないことに気づき、社長に聞きに来ます。社長は答える。結局、決めているのは社長です。権限を渡したつもりで、実際には「聞きに来る手間」が一つ増えただけ。何度か繰り返すと、社員は「聞かずに決めると怒られる」と学習して、聞きに来ることすらやめて、決めるのを待つようになります。

前回の記事で、Excelの属人化について「作った人の頭の中がそのまま形になっている」と書きました。会社も同じです。社長の頭の中に会社があるうちは、誰にも触れない。権限は、頭の中の情報が外に出たあとで、はじめて意味を持ちます。順番が逆なのです。

最初の1手は、「社長にしか見えていない情報」を1つ出すこと

ですから、最初にやることは権限の話ではなく、情報の話です。社長の頭の中にあって、社員には見えていないもの。それを1つだけ選んで、紙に出す。それが最初の1手です。

「1つだけ」というのが大事です。全部出そうとすると、出す作業そのものが社長の仕事を増やして、続きません。1つでいい。選び方は、次の3つのどれかに当てはまるものです。

  • 社員から「これ、どうなってますか」と月に何度も聞かれること
  • 社長が出張や休みのときに、社員が動けなくなる原因になっていること
  • 社長自身が「これは自分しか分かっていないな」と、たまに不安になること

多くの会社で、最初の1つは「今月のお金の状況」か「今動いている案件の一覧と、それぞれの次の一手」のどちらかになります。この2つは、社長の頭の中に一番深くしまわれていて、一番社員が困っているものです。

週1回15分、A4 1枚の型

出し方に、決まった型があります。週に1回、15分、A4で1枚。それ以上はやらない。

私の事務所で実際にやっている形をそのまま書きます。週の初めに、今の資金の状況、動いている案件とそれぞれの次の一手、今週決めなければならないこと。この3つをA4で1枚に書き出します。書くのに15分。書式は決めていません。箇条書きです。きれいに書こうとすると続かないので、汚くていい。

紙の中身は、たとえばこういう並びです。1行目「今月末の残高見込み ○○万円。入金予定は15日にA社、25日にB社。支払は月末に家賃と外注費」。2行目から案件ごとに「C社の見積:先方が社内稟議中、来週水曜に返事の予定。返事がなければ木曜にこちらから電話」「D社の納品:残りは検収書の回収だけ。担当は私」。最後に「今週決めること:E社の追加依頼を受けるか。判断材料は来週の稼働状況」。この程度で十分です。数字は概算でよく、社員が見て「今どこにいるか」が分かればそれで目的は果たしています。

これを始めて分かったのは、頭の中にあるうちは「なんとなく把握している」つもりだったものが、書き出すと「実は決まっていなかった」ことが毎週いくつか出てくる、ということです。書いて初めて、自分が何を決めていないかが分かる。社員に見せるための紙が、先に社長自身の判断を速くします。

社員が1人でも2人でもいる会社なら、その紙をそのまま見せます。説明は要りません。「これが今の状況です」と渡すだけ。最初は社員も何を見ればいいか分からないので、反応は薄いです。それでいい。4回目くらいから「先週のあの件、どうなりました」と、紙を見て聞いてくるようになることが多いです。

1か月でどう変わるか

4週間、つまり4枚たまったころに、変化が3つ出ます。

一つ目は、社員が聞きに来る回数が減ることです。紙に書いてあることは聞かなくていいと分かるので、質問が「紙に書いていないこと」だけになります。それは本当に社長が答えるべき質問です。

二つ目は、社員の側から「これは私がやっておきましょうか」が出てくることです。状況が見えると、自分にできる部分が見えます。これは権限を渡したから起きるのではなく、情報が見えたから起きます。

三つ目は、社長が「渡せるもの」と「渡せないもの」を区別できるようになることです。4枚の紙を見返すと、毎週同じように書いている項目と、毎週判断が変わる項目があります。前者は、社員に任せられる。後者は、社長が持つべきもの。権限委譲の線引きは、この4枚から自然に出てきます。

権限の話は、2か月目から

ここまで来て、はじめて「この項目は、あなたが決めていい」と言えます。情報はすでに紙で共有されていて、社員はその項目を4週間見てきている。判断の材料が揃った状態で権限を渡すので、聞きに来る必要がない。これが、権限委譲が機能する順番です。

白書が言う「一人経営体制の限界の克服」は、大きな組織改革の話に聞こえますが、社員10人の会社でやることは、週1回15分、A4 1枚から始まります。権限規程を作る必要も、役職を増やす必要もありません。紙を1枚、社長の頭の外に出す。そこからです。

今週やること

  • 「社員に何度も聞かれること」「自分が休むと止まること」「自分しか分かっていないと不安になること」のどれかに当てはまる情報を1つ選ぶ
  • 週の初めに15分とって、それをA4 1枚に箇条書きで書く
  • 社員に説明なしで渡す。4週間続ける。権限の話はそのあと

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